2007年07月08日

四十九日間冥土一周の旅

別に悲しい事じゃないんだ。


昨日、祖父の49日が行われた。

前記の通り、もちろん49日も初体験。
葬式のようにイベントが目白押しってわけでもなく、親族が集まり、坊さんにお経を挙げてもらい、お墓に納骨をして、飯を食うだけである。身内だけでやるから、そんなに気を使う必要も無いし、昨今の私の精神状態でも耐えられる環境であった。うちの親戚は、深い部分ではどうだか知らないが、表面的には仲が良い。表面的にはって表現はいささか語弊がありそうだが、言葉通りに素直に受け取って欲しい。別段仲が悪いわけではないのだ。

話が逸れてしまった。話を本筋へと戻そう。

昼過ぎにぞろぞろと親戚が我が家に集結。私はまだパジャマのままで弟とパラッパラッパ−2を爆音でやっていた。そうこうしてるうちに坊さんが来る時間になり、急いで喪服に着替える。
久しぶりの晴れの天気が、喪服を身にまとった私に襲いかかってきた。暑い。もちろん、クーラーも扇風機もないから喪服の下は汗だく。しかも、先日の農作業で私の膝はスパーク寸前で正座がかなり苦痛。なんだか葬式の時の緊張感が無い。
お経を読み終え、一同お墓へ移動。

納骨。何ともいえない雰囲気。納骨スペースにはまだまだ空きがあった。僕らの分まで余裕だ。

寿司屋へ。食った。飲んだ。途中かなり落ち出した。親族の前で恥をさらすのはどうかと思い弟と会話する事で調子を戻す。みんな、結構な年なのに元気でビールをガバガバと飲んでた。若者たちは、と言っても私と弟とはとこは完全に叔父叔母の勢いに押されて隅っこで喫煙。そして、帰宅。

座敷に遺骨や遺影が置いてあったのだが、それを仏壇へ移動させて、旅は終わった。

坊さん曰く、祖父はご先祖様の仲間入りをしたらしい。
そこらへんの宗教精神はいまいち理解しがたいが、そんな事はどうでも良く、今は素直に冥福を祈るのみ。

合掌。
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2007年06月28日

最初に謝っておきます。
以前よりブログなどに暗い事書くなとdisったのですが、今日は書いてしまうかもしれません。ごめんちゃい。

では本題。


マジで無理です。結構限界。入社二日目でバイトやめるかも。別に仕事内容は楽しいし、人も悪くはない。問題は私のテンション。完全にキテマス。久しぶりに。二年ぶりくらいに。

もう、何がなんだかわかりません。3日前まで大阪にいました。帰ってくる高速バスに乗ったくらいからおかしいです。実家に帰って来る道中が地獄でした。今も変わらず地獄度は増すばかり。考え出したらまずいです。もう、全部投げ捨てたいです。もう無理。

完全に田舎の恐怖です。実家の魔力。自然は脅威。
もう嫌だ、大阪に帰りたい。それが駄目なら東京に逃げ込みたい。それも駄目なら、もうわからん。

実家方面にはほとんど友達いません。同じ市内に一人います。仕事で忙しいので遊べません。これじゃ、寂しすぎますよ、郷土愛さん。
大阪や東京には実家よりも明らかにいます。友達も愛する人もいます。

郷土愛とかもうどうでもいいや。そんな事よりも、もっと大切なものがあるはずうううう。それは多分上↑の事だと思います。

お前や貴様や彼らがいる東京が好きです。
君やあなたやあの娘がいる大阪が好きです。
家族や友人がいるここも好き。
いなかったらどうでもいいです。
お前や貴様や彼ら君やあなたやあの娘がいる地球が好きです。
お前や貴様や彼ら君やあなたやあの娘が生きている場所が良い。
だから生きろ。生きれ。

ピース

あぁ、バイトとか金とかもうどうでも良いや。
人と人のつながりの方が大切だ。
ワールドワイド、グローバル。世界は繋がってる。


愛してるぜ
ピース
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2007年06月06日

Everyone you have lived?

先月末に祖父が死んだ。私は祖父が死ぬ一ヶ月前から毎日病院に朝から夕方までいた。その一ヶ月を振り返り忘れないよう記そうと思う。

四月末に母親から、「じいちゃんが入院した」と知らされ、その時大阪にいた私は、当初軽い気持ちで、「まぁ、暇だし来週にでも帰るかなぁ」と考えていた。数日が経ち再度連絡が来た。今回は結構危険だという内容のメールだったと記憶している。その後弟にそのことを話すと「俺はすぐに帰る」と返事が来た。「そんなにまずいのか?」と改めて考え、もう一度母親に連絡すると数時間前とは違って意外に緊迫感のある返事が返ってきた。久しぶりに頭がパンクしそうになった。身内の死と言うものをこの年になるまで経験したことがなく、どういった対処を採って良いものか解らなかった。近しい人間の意見もあって、早目に帰った方が良いと判断した私は、今度は一転変わって今すぐにでも帰らないと間に合わないような気がして、即断即決即行動に移った。これは悪い癖だ。ある一定以上の思いがある場合の私の行動は冷静を欠く。今回のケースは決して悪い判断ではなかったが好判断とは言えないものだった気がする。そういう理由で、その日の晩に荷造りを開始、そして、寝ずに帰郷した。
病院に着くと顔色は悪く、痩せてはいるものの意識は明朗とした祖父がいた。「なんだ、元気じゃないか」と内心思った。焦っていた自分が一瞬にして安心しきっていた。だが、今回の入院は奇跡的な超回復を見せない限り退院することの出来ない入院であることを知った。そして、この日から私の通院が始まる。
病院に毎日いたものの、私の仕事と言ったら、食事を食べさせることと、医者の話を聞くこと、お見舞いの人が来たときに挨拶するくらいで基本的には暇だった。手の懸からない病人と言うやつだ。初日から一週間毎日いろいろな人がお見舞いにきた。ほとんど知らない人ばかり。祖父は無駄に顔が広く、そして田舎が故、多くの人がお見舞いにきた。その度にやることがない私はただ座っていることも出来ず無駄にうろうろしていた。それ以外の時は本を読むか、英語の勉強をしていた。意外なほど読書も学習もはかどった。
あとは昼寝をしていた。温度が一定に保たれ、ひたすらに時が経つのを待つことは眠くなる。看護士が部屋に入って来ても気づかずに寝続けることもしばしば。

二週間ほど経ち、私はある種の疑いを持つようになった。「じいちゃん意外に元気じゃないか?」「長生きするんじゃないか?」といったうれしい内容だ。食事もよく食べるし、顔色も良い。主治医曰く、血圧も自力で上げて来ているとのこと。毎日合っていたのでその変化は明確に解った。家族や親戚もそう感じていた。

そして一週間くらいが経ち、今度は逆にだんだんと弱ってきた。目の輝きも肌のつやも意識も衰えてきた。リアルタイムでその変化が診られた。明らかに何かが違うことを感じざるを得なかった。

病院にはボケ老人が多かった。毎日数回祖父の病室をトイレだと思って入ってくるじいさん。徘徊するばあさん。私を呼び止め、カテーテルを指差し何かをぼやくじいさん。ある一定のリズムで、あーあーと唸る隣の病室の婆さん。そのばあさんがある日いなくなった。今日はあのリズムが聞こえないなぁと思ったら、ばあさんのリズムは止まってた。人間はリズムを失うときに死んでしまうんだなぁ、と、かなり他人事ながら実感した。その時は他人事だった。

ある日祖父がいつものように苦しそうに咳をしたあと、こう言った。「もう嫌だ、死にたいよ。」と、だだをこねる子供のように、尚かつそれは圧倒的な懇願であった。
「何言ってんだ、バカ野郎。」と笑ってごまかすことしか出来なかった。
次の日も同じようなことを聞いた。「何でこんなに苦しいんだ。家に帰りたい。」と。祖父は肺ガンのことを知らなかった。それは、祖母や両親の判断によるものだった。私は、「病気治して帰ろうぜ。」としか言えなかった。
祖父はまた次の日も「死にたい」と言った。
一瞬の殺意
「あぁ、この感情がテレビなどで報道される、看病人が病人を楽にさせたくなる動機か。」もっともな動機で、完全に殺人衝動だ。しかし、あいにく私にはその勇気がなかった。

一週間後次第に意識がおかしくなる祖父。その後、壮絶極まり、気が狂い出し、意味の分からぬことを怒鳴り始めた。私は以前より両親と話し合っていたので主治医に投薬を頼んだ。そして、祖父は薬によって眠らされた。寝ているだけなので、呼べば起きる。しかし、一瞬起きたのち、すぐにまた眠る。
この瞬間が祖父の死だったかもしれない。

数日後祖父は、父と叔母(祖父の子供)が病院にいるときに大量の吐血のためにこの世を去った。
死亡診断書の死因には肺ガンと記されていた。

亡くなる2時間前に祖母と病院に行ったのだがその時は私の呼び掛けや祖母の呼び掛けにも答え、目を開けて相槌を数秒だが打っていた。その時は、まさか数時間後には、当たり前だが死んでしまうなんて思わなかった。その後、自宅にいると、母親から電話がかかってき、祖母を焦らさないように病院に連れいていったのだが、時既に遅しであった。

その時は5月26日午後4時20分だった。

一ヶ月が一瞬の出来事だった。



死んでからは無駄に忙しかった。葬式に通夜と祖父のためのイベントが目白押しだった。家族はその手伝いをするために居るんだと思った。
通夜の入棺の後で祖母の言った「おい、目ぇ開けろ!」で、弟と共にノックアウト。情けない兄弟になってしまった。通夜のあとはなんだか吹っ切れた。むしろ、良かったと思った。苦しまなくても良くなったんだから。それと犯罪者になり損ねた安堵もあった。それに、通夜の後から私は非常に酔っぱらっていた。祖父は酒が好きだったから飲まなきゃならない気がしたから飲みまくった。

生きたら死ぬ。
ただそれだけの事なのだが、如何に悔おうとも過去というものは戻りはせず、現実という日々が続いている。

今、祖父は49日間の修行中。このあと「酒」という字が入っている修行をしなければならない。そこに停滞し続け無きゃ良いが。
祖父は天国へと旅立った。

そして、私も旅に出る。

そのための資金を作るために今から豆腐工場の夜勤へ出かける。
押し寄せる大豆製品。
ベルトコンベアーのお出ましだ。

ピース
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2007年02月21日

米リカ

アメリカが気になる。
ヨーロッパも良い、アジアも良い。
しかしながら、アメリカの文化の無さ、歴史の無さが魅力的だ。

少なからず言える事は、「グランドセフト」「24」漬けでそういう思考になっている。

つまりは、無駄に影響されやすい性質なだけだと思われ。
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2006年10月10日

愛に国境は無い

海を越えた愛。
はたまた、隣近所で愛。
そして、結婚へと進んだ愛。

色々な形がある訳で、それぞれがスパークしてる。
やっぱラブ&ピースだな。

スパークエクスプロージョンラブ&ピース。


まぁ、ようは色々周りで嬉しいことが起きたわけで、テンションが無駄に上がっているのだ。
だから叫びたいんだな。

愛してるぜベイビー!
イェー、ピース!って。
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2006年09月13日

Re;set

I avoid waste and must be good for a beloved person for the world.
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2006年07月22日

混沌は無秩序であり、故に自然である

cast one

エウレカセブン全50話を3日で制覇。
愛が世界を救うらしい。




cast two

新宿にて初対面の人と2人会う。
1人目の女性は僅か30秒間であったものの異常なテンパリをみせてしまった。
2人目の男性も30秒間のコンタクトであったが、意外にも饒舌であった。
これは異性間対人下手を証明するものではない。
そんなモノは証明するものまでもなく事実である。




cast three

新宿で弟と遭遇。
1000万人中の1人の確率。
必然を強く感じる。
引かれるモノがあるような気がしてならない。




cast four

満員電車、疲労、食べ過ぎが手伝って、ある事を境に家に帰り厭な気分になる。
そんな時、隣の部屋からBGM。
映画の曲が流れ出す。
まるで、安いドラマのワンシーンのようなタイミング。
楽しい事を思い出す。
悲しい時に楽しい思い出を思い出すと、とても哀しくなるものだ。
否、悲しい時に思い出に触れるとどんな時でも哀しくなるものだ。
しかし、自分にとって哀愁は活力の源ととなる。
いや、そうする事を余儀なくされている。
体質に近い。




cast five

DSC00181.JPG

未来の事は、推測するより他ならないのだ。推測はあくまで予想であり、雨しか当たらないものである。
常にここからは未知であり、常にここまでは実体験である。
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2006年07月21日

太陽と月と

太陽と月。
どちらが好きなんだろう。

太陽はいつも姿を変えず、その普遍性を保ち続けている。
安堵の気持ちに酔いしれる事が出来る。その反面、圧倒的であり絶対的であるが故、ある種恐怖を感じてしまう。強烈なキャラクター。
変わらない姿。

月は毎日変化している。変化し続ける事で
全く見えなくなってしまう時、煌煌と輝く時。
状態の変化が日々進化しているようで退化しているようで。
どちら解らないが、それでも月は変化し続ける。
月の光は太陽の光よりも暖かい。闇を照らすサーチライトのように導いてくれるようだ。

自分はどうやら月の方が好きなようだ。

moon.jpg

月。

太陽は男性的だ。強引で、ただ照らす事しか出来ない単細胞。

月はとても女性的だ。
会うたびに姿を変え、自分を美しく見せる術を知っている。
妖艶で、惑わせる月の光。
月は恋人の様に、優しい光で包む。

あいにくの曇り空で今日も月は見えない。
梅雨空を恨むよ。

だけど、すぐに見えるはずだ。
いつも僕は月を見ていたい。
posted by Mastervie at 23:34| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月25日

軍律違反

劣等感が強くて、負けず嫌いなのだが、いかんせん、怒られたり、叱られたり、罵倒されると、持ち前の気の弱さで激落ちしてしまう。何も言えなくなる。
悲劇のヒロイン的(男だが)に落ち込むのではなく、ただただ、どん底。(卑屈でもあるが)もろいのだ。

逆に言ってしまえば、様は褒められたい人なのだ、俺は。

しかしながら、最近ほとんど褒められていない。じぶんでも、ふざけんなと、ツッコミを入れたくなってしまう発言だが。

まぁ、それもそのはず。たぶん、褒められるような事はしていない。

気遣いをしても、余計なお世話なのかもしれない、気の効いたことを言ってみても、言葉に説得力が無いらしく、戯言になってしまうんだな。今に始まった事じゃないけど。きっと、何かを期待して、何か見返りを求めているのではなかろうか。そんな部分が見え隠れしているんじゃないのか。っと、最近は思ってしまう。
実際、そんな部分は無いとは言えないが、そこまで求めていない。

っと、無駄な(自己構築の)プレッシャーの中で勝手にもがいているわけだが、まぁ、自意識過剰なだけかもしれない。

無駄な気遣いがお節介ならもうしたくないと思うが、いかんせん、そうは言ってもやってしまうのが自分である。しかも、そこらへんの力の入れ具合がわからない。
っと、ここまでは解っている。

話がだいぶずれたが、言ってしまえば褒められたいだけなのだ。全ては。
褒められると伸びるタイプでもあるんだけどな。叩かれて伸びるタイプではないのは明らかだ。甘ったれるなって話だが、甘いんだもの、しょうがない。
開き直りに近い回答だ。その時点で、俺は自分に甘いような気がする。

何故褒められたいのだ?たぶん、傷付くのが極端に嫌なんだろう。
また、甘い事を言っているが、傷付きたい奴なんて居ないだろう。相当のMじゃなきゃ。甘いが。
あとは、褒めるってすごくハッピーなわけで、楽しいじゃないか。
気持ちが落ちることを嫌うわけだ。
ずっと前も、そんな事を言っていたが、今はどうしようとか、あまり思わないことにしよう。

俺は苦悩なんかしたくない。平和が一番。正直に。
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2006年06月22日

決して誰かに寄せたものではない

ロボトミー手術を受けた方がよっぽどいいのかもしれない。
っと、思ってしまうこともある。

しかしながら、それは無理だ。

俺は人間だ。
機械仕掛けはゴメンだ。

しかしながらたまに、機械になった気分に成る。

でも、結局は俺は人間だ。
飯食ってクソして寝る。

何も生んでないから、ロボットの方が生産性があっていいかもしれないけど、やはり無理なものは無理だな。

だって、面白くなさそうだから。
人間の方が楽しいはず。たぶん。
posted by Mastervie at 00:18| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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