2009年04月10日

蓮の花

私は春というのは眠いモノで、いくら寝ても寝足りない気がしてついつい毎日8時間近く寝ている健康優良児である。眠り王子なんてくだらない表現はしたくないけれど、眠り姫は何とも愛らしく可愛らしい響きなのだろうかと思う。毎日眠い目をこすりながら、自転車に乗り片道10kmのツーリングさながら、出勤するためにペダルを漕いでいる。通り道が結構立派な桜並木のある道なので、最近は、天井がピンクの空となっていた。

早いモノで今年も4分の1が終わり、4月を迎えたわけだが、リクルートスーツに身を包んだり、少し着慣れない学生服に身を包んだ健やかなる1年生が町を闊歩している姿はどこか圧倒的だ。
まず、黒い。基本的に黒だ。鞄も靴も服も髪も。個性を押さえつけるが如くみな同色に覆われている。
そして、基本群を形成している。お手手つないで通学したり、外回りの研修だかなんだかわからんが新入社員はだらだらと列を作って歩いている。そして、若干顔がこわばり固まっている。
様は、黒い固まりがそこかしこに蠢いているのが日本の春の風物詩になっていると言っても過言ではない。
やはり、一つレベルアップしているという気持ちが誰にでも少しは存在しているだろうから、少し気も大きくなって、道なんかも我が物顔で堂々と歩いているヤツも多い。小学生や、中学生ならかわいいモノだが、社会人となると全くそのような気持ちにはなれないので、道に列を成して歩いていると少々邪魔に思ってしまう。
一般企業を経験したことの無い私に取ってスーツで働くことや、髪型をかっちりセットして働くことがどういった心境なのかわからないが、決してのびのびとはしていないと言うことは想像出来る。
そんな彼らもあと数ヶ月もしたらいっぱしの企業戦士営業マンにトランスフォームしていると思うと、教育とは重要であると思わざるを得ない。
春というのは教育と洗脳の季節だな。
まぁ、しょうがないか。これだけ気落ちの良い季節なのだから、浮かれるヤツもいれば、知らず知らずのうちに変わっている自分に気付かないやつもたくさんいるだろう。魅力的で魅了的な季節だ。
朗らかな気持ちで町を歩いて、ポケットからタバコが落ちたことを見ず知らずの人に教えてあげたり、おつりが100円多かったので店員に教えてあげたりしている自分も春のせいなのだろうか。
もしそうだとしても、やはり私は何も変わっていない。

落ち着きと爆発寸前の夕方。沈黙と喧騒の夜になり、だんだんと帰る時間が遅くなっているのは仕事が忙しいんじゃなく、いつまでも終わらない仕事を追っているからなのだろう。
数週間前は手袋なしじゃ指がちぎれそうだったのに、夜風はいつの間にか涼しいとさえ思えるようになってきた。
仕事明けで飲むビールはだんだんとおいしくなってきた。これも暖かさのせいなのだろうか。それとも仕事の疲れのせいなのだろうか。友人と呑む酒の肴は、どこか昔より若い話題な気がしてならない。テンションの高さも常に高い。遅れてきた青春なのだろうか。いやいや、そんな言葉を使うより、もっと現実的な言葉を使おう。私はまだ若い。

深夜、自転車にまたがり朝と同じ道を辿る。ピンクの空は、少しだけ星が瞬き、漆黒の天井に変わっていた。南風にひらひらと舞う桜の花びらを出来るだけ全身で受け取る。そんな子どもみたいな遊びが好きなのは、何も難しい理由などなく私がまだ少年だからであろう。
受け止めきれなかった花びらを目で追っ手いくとそこには、ピンクの絨毯が広がっていた。

posted by Mastervie at 20:31| Comment(39) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月11日

便り

ハローハローハロー

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あれから半年。あの日から4ヶ月。開始して1ヶ月。
時が経つのは早いもので、来月で私も26歳になる。
幼稚な時間は終わりを告げようと必死に鐘を鳴らしているが、別の鐘の音に干渉されてしまい、未だ私の耳元に届かない。
普通に名刺を交換し、普通に電話に出て、普通に金を貰う。
それとなく、ぎこちなくこなしていく自分の適応能力の高さに驚愕する暇もなく、特別が当たり前になっていく。
圧倒的な変化が起きているようで実際は何も変わらない。
半年前、いや、一年前、いや、いつからかわからないが全く変わっていない。
次に変化するときは結婚するときか子どもが出来たときなのだろうか。
いや、たぶんその時が来ても何も変わらないだろう。
変わる事を望む事も、変わる事に恐れる事もなく、変わらない事へのこだわりがあるだろ。
大学に入る前、高校の時くらいに毎日叫んでいた「うるせー、俺は俺だ!」という言葉を思い出した。

変わらない事、変わらない部分に敬意を表して。

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職場が六叉路にある成果、ベランダで煙草を吸う度に目立ってしまう事を除けば、快適な空間で仕事をしている。
人にも恵まれ、仕事の内容に文句もなく楽しく有意義な時間を毎日過ごしている。
しかし、時折襲ってくる、息苦しさは何故だろう。
電車は、なんとか乗れているが、たまに苦しくなる。
未だにわからない。
人は知らず知らずのうちに微量でもストレスを感じているのだろう。
発散の仕方を知っている人は、きっと生きる事が得意な人なのだろう。
ドラクエ7やFF2をして楽しくもなく、すぐに投げ出してしまう。
毎日飲んでしまう酒は、何のために飲んでいるのかわからない。ウマいからってのはあるけども。
あ、それと飯を食べる時やイレギュラーな事態に遭遇すると異常に手が震えだすようになってしまった。
緊張が関係してるのかわからないけども、そのせいかジェンガが上手く積めなかった。

なんてくだらない対象と日々戦っているんだ。

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休日に何をしたら良いのかわからなくなってきた。
休日は休むべきなんだけど、家に居ても暇すぎて死ねる。
前はずっと家に居たのに最近は家に居ても暇すぎて、誰かと会おうと必死に探す。
寂しいからか、つまらなすぎるからか、理由はわからないけど。
知らない間に俺の周りの友人たちは、彼女が居たり、家庭があったり、楽しみがあったりして忙しそうだ。
数年前からこれは変わっていないな。
俺はいつだって暇だ。彼女が居ても、家族が居ても、友人が居ても、楽しみがあっても暇だ。
彼女や家族や楽しみや友人と一緒に居るときは暇じゃないんだけど、圧倒的にそれ以外の時が暇なんだ。

ヒマがマヒする。

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1、変わらないけど、進んでいく。留まっているけど、進化していく。それがかっこ良い。

2、幸か不幸かあの日から一度も倒れていない。逆に、それが恐怖になりつつもある。電車に乗らなくて良いようにチャリを手に入れた。一見健常者だけど、中身はドグマがうごめいている。でも、周りから見たらそんなの関係ない。あ、そういえばママチャリに乗ったオッパッピーを見た。でかかった。昔のゲームじゃ満足しないのかなぁ。やっぱりPS3買わなきゃな。

3、今日も暇な休日を家で過ごしている。ネット放送を見ているだけ。数ヶ月前の予想通り、仕事は軽く忙しい。でも、もし、君が休日に暇なら、今度は一緒に忙しくなってはみないか?きっと楽しいよ。

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忘れていた何かを思い出し、必死にもがく事、数日。予定表や、メモはマメに取らないといけないね。

ちぇけら
posted by Mastervie at 20:51| Comment(2) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月27日

ウーロン・リー

友人の父親が亡くなり、その葬式のために実家にちょっと帰ってきた。
就労1週間で休みを貰うのは忍びないと思っていたが、そういうことは帰りなさいとのお言葉をいただき帰郷。
新幹線は速く、今まで使わなかったことを後悔させる間も与えないスピードで着いた。
その友人は中学校の頃からの友人で、地元に残っている2名の友人のうちの一人だ。
もう1人の友人と2人で葬式に出席させてもらった。
葬式というのはやはり苦手らしく、ずっと喉がつっかえて息がしにくい状態が続いた(実際は全然そんなことないのにね)がお経に集中することで気を紛らわせていた。葬式は粛々と終わり棚上げ(飲み会)も無難に過ごした。父親を亡くした友人は私たちに精一杯の普通を装っていたようが、普通ではなかった。隠しきれない悲しみはやり場を失い、彼の中でしばし滞在するだろうが、時とともにそれも薄れていくだろう。友人は、棚上げの途中で犬の散歩をしに家へ帰っていったが、こんなときはむしろ1人になりたいものだと私は思う。本当にお疲れだった。
長い闘病生活の末の死であり、故人にも若干の安堵があったかもしれないが、やはり生きたいのが人間だと思った。
そして、最近軽い気持ちで死にたいと思うことがあったが、今は、そんなバカな考えは捨てこんなクソみたいな生にも執着していかなくてはならないと考えた。

予定外の早い帰郷に自分の戸惑いは隠せず、昨晩も実家で眠れぬ夜を過ごした。全然寝ることに集中出来ず、酒を飲めどあまり効果はなく気を失うように4時くらいに記憶を失った。明日東京に帰るのだが今晩は眠れるだろうか。夜が怖い。

毎日毎日言葉通りの息の詰まる生活が始まり、楽な実家暮らしを思い出すが、予定ないの後悔はあるものの、それは楽をしたいだけだと言うことももちろんわかっているし、まだ始まったばかりであり弱音を吐くレベルではないけれど、微妙な変化に体と心は若干の戸惑いを見せているようだ。
私という人間はあまり弱音を吐けない性分のため、吐くのではなく漏らしているようだ。
吐息に混じって、汗やしょんべんに混じって、だらだらと垂れ流してくのは下品で汚い。漏らすくらいなら吐いた方が良いかもね。でも、吐くのも汚いね。出すってのもなんか下品。じゃあどうしようかな。うん、わかんないよね><

と、メンヘラな記事はここまで。

実家に帰って思ったことは、落ち着くことと星が綺麗だと言うこと。
あと、ビールがいっぱいあって、PS3がある。嬉しいね。

新幹線速い。電車乗ってる時間が東京から実家まで2時間切るし最高。新幹線マジ速い。

今週末山下達郎のライブに行ってくる。職務特権が発動された。これだけでも十分仕事のやりがいがある。
ドーナツ食いながら、アトムの子になってヘロンにライドオンしてきます。

社会が厳しいのは知っていたけど、俺まだ何もしてないから厳しい以前で、むしろ早く忙しくなりたい。
俺に必要なのは、考える時間がなくなること。

あでぃおすあみーごす
ちぇけらう
posted by Mastervie at 00:21| Comment(10) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月18日

っんだっっつ!

求めるな、求められろ
望むな、望まれろ

これは人生訓だ

今私がいる場所は私自身が望んできた場所だ。
全ての結果は結局自分が望んだ通りにしかならないと思う。
だから、嫌なことも良いことも嬉しいことも楽しいことも悲しいことも君が望んだことなんだ。



東京は豊島区南長崎に居を移し新年早々新たな境地に歩を進める。
明日から約半年ぶりに仕事をすることになる。
没していた日々にさようならをしたいけど、あれは好きだからやめないだろう。
ただ、一日の半分を別のことに費やすだけで、やっぱりやめられない止まらない。

東京の寒さはムカつく寒さだ。腹が立ってくる。痛いよ。

一応今年の目標は、PS3買ってテレビ買うこと。近日達成予定。
抱負はいつもと同じ。上に同じ。

ピース
posted by Mastervie at 17:35| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月25日

どちらにするべきか悩む

チョリッス

12月です。もう12月。
色々有った今年ですがもう12月です。気付いたら12月です。ありえないくらい12月です。
今年なんてなかった。

さて、12月と言えば先生も走る、廊下だろうと走る、お漏らししろうになって便所に走る。そんなユルユルの尻の穴じゃなくて、しっかりと尻の穴引き締めて後少しの今年を行きやしょう生きやしょう。

12月に入りほぼ家から出ることなく25日が過ぎました。
今日はクリスマスイブですね。クリスマス?何それ?おいしいの?
実際、2日前に知りました。日にちを気にしない性格なんだけど、最近はさらに拍車がかかって来た感じです。
クリスマスはあまり意識したことがなかったけども、ここ数年でクリスマスが「クリスマス」であることを知った。
そして、忘れもしない一昨年のクリスマス。ジョンレノンとT-Rex。マーヴィンゲイとイルミネーション。半額シールが付いたチキンとデパートの社員向けケーキとビール。人生で一番面白い体験をしたクリスマスだった。演出家はiPod。

今日のことを少し書いておくと、今日はスウィートハニーズと朝から晩まで飲めや歌えの大騒ぎに誘われる予定でしたがネットって言う予定が入ってたし気温が低いのでやめました。だから一日中PCの前にいた。いつもと変わらないわけだな。明日は白騎士発売日だししょうがない。

KFC売れまくってんだろうな。

そして、もう少しで年越し、正月とイベント目白押し。
でも、予定は全部空いてるよ。常に全部空いてるよ。でも、やらなきゃならないことが有る。あれやこれやそれ。
うん、う、嘘・・・ついたね・・・・
クリスマスなんてなかった。大晦日なんてなかった。正月なんてなかった。

ほぼ家から出ることなくってさっき書いたけどほぼなんてもんじゃない。
昨日が12月に入って初めてのまともな外出だな。3時間も外に出てた。

ぶっちゃけ、そろそろ仕事しないとまずいなって思ってます。ぶっちゃけなくても本人以外の方がそう思ってるんだろうな、ぶっちゃけ。でも、ぶっちゃけ、ちゃんと考えてるわけで、そろそろ動かないとね。ぶっちゃけ、昨今のアメリカ金融経済破綻のおかげで完全にあおりを食らってるわけです。ぶっちゃけ、近い未来このまま経済が好転しないと戦争が起きる。アメリカお得意の戦争商法で。ただ、その時期なんだけど、ぶっちゃけ3年後くらいだと予測する。って考えてたら、2012年じゃん。フォトンベルトじゃん。マヤじゃん。こりゃ、ぶっちゃけ、本当に何か起きるぞ。戦争が起きて自衛隊じゃどうにもならなくなったら、徴兵でしょ。俺余裕で出兵じゃん。アメリカサイドなら歩兵クラスになってもXM8持たしてくれるかな。たぶんその時代にM4は時代遅れになってるかもしれないからね。ってことは、XM8は試用期間が終了してM8になってるわけだな。でも、たぶん支給されるのは89式5.56mm小銃だろうね。
でも、ぶっちゃけ、戦争になったら泥沼になる前にボムられて終わるんだろうな。ぶっちゃけ。

いやぁ、ぶっちゃけた。ぶっちゃけぶっちゃけにぶっちゃけた。
ちなみに、ぶっちゃけって言葉は嫌いです。あんまり使わないし使いたくない。
何にでもぶっちゃけって言うヤツがいるけど、全然ぶっちゃけてないのがほとんどだよね。ヤバいヤバいってやたら言うヤツも同じかな。

体調の話をしておくとほぼ完全体に戻ったかな。一生打開出来ないけど、最近はメタルマックスだな。メタルマックスってなんだ?まぁ、メタルマックスなわけだ。

あーあ話したい。会話がしたい。枯渇だ。会話ってより授業がしたい。今度しようっと。

ちぇけら
posted by Mastervie at 00:45| Comment(3) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月16日

after life care

当たり前だが、テンポとは常に一定とは限らない。
60から70くらいのBPMだった曲が、突如としてBPM140くらいに変わることだってある。

大阪から実家に帰りそして今電子機器に囲まれて、報告と整理と考察を兼ねて少々散文的乱文気味であるがその後の話をしよう。

そもそも、封印しようと思っていたのだがあらかたの人間に伝え終わったので最早時間の問題と考え先制しておく。


ウルトラマンのファスナーは的確に隠されているんだよ。


大阪から実家に戻り、だらだらと日々を過ごしていたら愛犬が電車に日の丸神風特攻隊よろしく単身突撃し、奇しくもこの世を去ってしまった。犬が基準となっていた我が家は太陽が雲に覆われ光を失う。7日間ほどの漆黒の後、夜は明けた。

矛先は愛犬から実子へ。

いい加減いい加減なことをやめてしっかりしろと久しぶりにお天道様に言われ就職活動を再開したのが9月の末。
家から30秒の酒造で働かされそうになる。鉄壁の防御により拒否。数社の面接を取り付けいざ帝都へと向かった10月初頭。
そこでこの物語の重大な事件が起きる。


先天的か後天的か分からないが入れているものが同じと言うことは同じものを出しているんだよ。


その日私はある企業へ行くために友人宅のある中野から神田方面へ行く予定だった。
鏡を前にして外出の準備をしている最中ふと、鏡に映った自分が自分ではない錯覚に陥った。
「お前はいったい誰なんだ?」

メンヘラの痛い記事だと自覚はしているが、あくまでも事実だ。
とりあえず私は書き続ける。だが、あなたに読み続ける義務はない。

錯覚である。まぎれもなく鏡には自分が映っていた。
時間が差し迫っていたので急いで支度をし中野駅を目指した。
歩いている最中視界がいきなり落ち、体がガクンとと重力に引っ張られ始めた。
気持ちが悪くなり、パチンコ屋のトイレで吐いたが何も出ない。騒音が一層吐き気を催す。
昼食を摂っていなかったのでそのせいかと思い今川焼チーズクリーム味を食べる。
喫煙所で煙草を吸おうとするも明らかに体調がおかしいので煙草を吸わずに駅を目指す。
そして、切符を買い電車に乗ったが、あまりの息苦しさに新宿で途中下車してしまった。
どんどん、呼吸が出来にくくなり鼓動が早くなっていくのが分かる。
駅のインフォーメーションでどこか休むことの出来る場所は無いかと聞くも、医者はいないからあまりにも体調が悪いのなら病院に行けと言われ、新宿駅南口側の病院を教えてもらう。

5分が30分に感じたわけだが、今思えばあれは明らかに5分間の出来事だった。

大きな病院で遠くからも発見することは出来たが実際の距離感覚は既に失われており、歩けども歩けども病院には着かないような気がした。
病院に着き、窓口で診察可能か訪ね、何やら色々なことを記入する紙を渡されるも手が震え書くことが出来ず窓口の方に代筆を頼む。
脳神経外科の前に書類を提出し、順番を待つ。
順番を待てる状態ではなかったのだが、何故か待たされる。
血圧などを測らされる。異常な数値が出る。呼吸はさらに困難になっていき、全身が徐々に痙攣しだす。
指に、心拍数と酸素濃度が表示されるものを付けられ、袋を渡される。
看護士に順番はまだかと尋ねるも、もう少しですからと言われ待合所でさらに待つ。
これを二度ほど繰り返し、耐え凌ぐも、ついに痙攣が酷くなり、倒れそうになる寸前に看護士にもう限界だと伝える。
看護婦が、他の看護婦を呼びすぐに車椅子を持ってきた。もちろんそれに乗せられる。
誰もいない部屋に移される。看護婦がいなくなると途端に不安になり、心拍数が上がっていく。看護婦が脈を測るために手を握ってくれると安心し心拍数は下がる。レスポンスの良い体だな、と冷静に思うも、息苦しさですぐに取り乱す。
この頃には内臓が酷く痛み、全身が痙攣し、顔だけ感覚が残っていて呼吸するのと軽い返事が出来るだけの状態だった。
意識が飛ばないことを酷く恨みつつ、過呼吸のイメージがちゃんとあったが、やはり死ぬ思いをした。
死ぬ恐怖に近い。実際死んだことは無いので分からないが、それぐらいの恐怖だった。

あぁ、俺はここで終わりか、苦しいなと思った。

看護婦に車椅子を押され、医者の前にやっと通される。
病院についてからここまで1時間くらいかかったかな。実際の時間は覚えていないが。
医者は手慣れた感じで、過呼吸ですね、不安神経症です。と、あっさり言って退けた。
あぁ、やっぱり俺もか。そう思った。
医者の気楽さを見ていたり、医者が目の前にいる安心感から徐々に呼吸が整いだし、医者のもう大丈夫だね、の一言で何故か痙攣が解けていく。診察室から車椅子で私を運ぼうとする看護婦を医者が止め、もう歩けるでしょ?の一言何故か歩けた。

あれは魔法だな。魔法を作り出しているのは私だ。思い込むってのは魔法だ。

会計を済ませ、安定剤を貰い、飲む。気分が徐々に楽になっていく。キマッてきたわけだ。
たまたま東京にいた弟を呼び出しておいたので、待合室で弟を待つ。
待合室に弟が着き、荷物を取りに友人宅へ。
弟も似たような症状を経験しているので、寛容だった。
弟の運転する車で、実家へと護送。薬のおかげで寝ていたので、道中はあまり覚えていない。
ただ、車の窓が閉まっているのがとても苦痛で、常に少しだけ窓を開けていた。

その後3週間、時々発作に教われるも、薬を飲むことでカバー出来たが家から出ることは無かった。
それと、外食が出来なくなってしまった。外食しようと店に入るもすぐに出たくなってしまうことが判明した。

HDの崩壊はPCの崩壊を招き、俺自身の崩壊をも招く。

4週間目に認知するため、東京を打開するために東京に行くことにした。原因は東京ではないことを確かめに。
やはり、緊張するのか、道中の高速道路で一波きたが、薬を飲んでいたので、打開することが出来た。
小田急線にて限界を感じ、飲薬。これが一番酷かった。
それから、急な仕事で大阪に行くことになっていたので、車を運転して大阪へ。
途中一波に会い、運転を代わってもらい、発作が収まった頃にまた交代して無事大阪到着。
寝むることが出来ず、40時間近く起き続け、また東京へ。
大阪にいた20時間の間は楽しく旧友と過ごせたのであまり発作は起きなかったが、完全に躁病と薬のおかげでした。ほんとうにありがとうございます。
東京へ帰る道中は最初3時間ほど寝てその後運転を代わり無事東京に到着。
東京では、電車に乗らず、ほぼ自転車で移動。余裕です。

最後に電車に乗ってみたが、まぁ、問題はなさそうだった。薬のおかげかもしれないが。
帰りのバスも問題は無く、その後実家に帰ってからはあまり発作に教われていない。
昨日は、飲み屋にリベンジを果たせたので症状は良くなってきている。
まぁ、良くならないと問題ありなのだが。

今は家で電子機器との共同生活を送っているが、もう少ししたら、さらに対峙するべく旅立とうと思う。

細木数子によると今年はダメらしいが来年は良いらしい。

あぁ、自己犠牲から自己保身にトランスフォームすることは望んでいたことだったな。
まぁ、願いは意外なベクトルから叶えられたわけだし、そろそろネクストステージに向かざるを得ない。

あと、予定が大いに狂っているが、想定の範囲内であるわけで、主軸は逸れていない。

まとめとして要約
大阪→実家→愛犬死ぬ→上京→精神崩壊→肉体撃沈→ジャンキー→躁→鬱→躁→鬱→以下略→PC崩壊→上京→大阪→上京→実家→PS3崩壊→現在

まぁ、精神がぶっ飛んでも肉体は生きているもんですね。その逆も在りえるかもしれないと日々思い、紅葉の季節は見頃を迎えました。



ちぇけら
posted by Mastervie at 17:29| Comment(2) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月30日

To several folds

私は、7月まで母校の大学教授の助手をしていた。正確に言うと継続中ではあるものの、現在、これと言った仕事はないに等しい。

特定を避けるため明記しないが、その先生は身体的理由により特殊な授業を行っていた。その特殊な授業に於けるサポートが私の仕事だ。

先生は病気で一度学校を離れていた。小学生だって知っている病気である。癌だ。
そして、手術をし癌を切除し職場復帰をしたのだ。私の中でいろいろなことが重なって(過去の記事を読み返して欲しい)、意識こそあまりしなかったが特殊な感覚を感じざるを得なかった。だからと言うわけではないが、この助手の話を引き受けた時、出来る限り精一杯期待に応えようと私は思った。私の仕事は主に週2回の授業サポートだったが、実際、物理的にあまり意味をなさないポジションだったような気がする。仕事の内容は至極簡単だったので、私の後釜4名をサポートするのが主だった仕事と言っても過言ではない。

先生はとても親切で、優しく、フランクで冗談が好きな方だ。先生は私のために四方八方に就職口などを探してくれたり、色々な相談に乗ってくれたりととても親身に接してくれた。理系の先生だったが授業では理詰めの話より、感覚的な話の方が多かった。2人で話している時も生きることや、大切なモノの話、1と0では語れない話をよくしてくれた。

学会のために論文を一緒に書いているときも冗談ばかり話していて、執筆が止まったりすることもしばしば。論文執筆後、先生は「昔を思い出せました。楽しかったよ。ありがとう。」と言った。
嬉しかった。
思わず私は「僕も楽しかったです。でも、これからもっと楽しくなりますよ。」と言った。先生は、「そうだね。」と言って笑っていた。

先生は釣りが好きで家に行った時に、いっぱい釣りの写真が飾ってあった。私も釣りが好きなのでその場でそのことを告げると、今度イカを釣りに行こうと誘ってくれた。そのあとも、先生と楽しく釣りの話をした。

私が学校を去る日、最後に昼食を食べに連れて行ってもらった。その帰りに駅まで送ってもらった時に握手を交わしてお別れした。癌を患っていたとは思えない力強い握手だったのを今も私は覚えている。

この話をしようと思ったのは昨日先生から突然メールが来たからだ。携帯電話にPCのメアドに先生からメールが来たことを知らせる通知が来たのだが、出先だったので、メールチェックをすぐにすることが出来なかった。その通知がきた時に何故かわからないが、もしくは虫の知らせか、早くメールチェックをしなくてはいけない気がしてならなかった。雨の中、先ほど帰宅し、頭も拭かず早速メールチェックをした。

9月から治療のために長期入院するという内容だった。

ここからは推測だが、もしそのことが以前から決まっていたのなら、学校や私に仕事の便宜上話していただろう。学校には昨日伝えたらしいし、私にも昨日メールをしていることから突然決まったことなのだろう。術後治療か再発か転移か別の病気かはわからない。唯一の光りは再発防止の術後治療であるが、この説はあまり期待出来ない。私の浅い経験上ではあるが、そんなことはだいたい以前から決まっていることである。突然決まることではないと思う。治療が上手く行くことと前向きな話であることを願うしか、私には出来ない。

帰宅後このことを知り数時間経ちある程度落ち着いてきたが、このことを知った瞬間、私は何処かへ行ってしまった。「後期からは君の助けがなくなるけど頑張っていくよ」と握手をしたのに。先生のことから、昨年の出来事へフィードバックしていき、そこからまた先生のことへと戻ってきた。今は、文章に記すことで一種の防衛策を取っている気もしないでもない。落ち着きを取り戻すための整理と言った方が良いかなとも思う。
余談ではあるが、文章にすることによって物事を整理する行為は友人に学んだことだ。その友人の本意であるか知らないが、おかげでこの2年前くらいからメモ帳(テキストファイル)が手放せない。

話を戻そう。
ただ、メールには学会の次の日から入院すると書いてあった。
そして、学会に参加すると。
先生の学会に対する意欲、この研究によって多くの人を救うことが出来ること可能性に対する思いをひしひしと感じた。
だけど、そんなに頑張らなくてもいいのに、治療に専念するべきなのに、と切実に思う。
上記の理由で明らかに、先生は入院を遅らせている。
希望的観測で一刻を争うわけではないのかなとも考えたが、その逆も十分あり得る話で、、、と頭がごちゃごちゃしてごちゃごちゃのぐちゃぐちゃでバーンってなりそうだ。否、冷静に考えようではないか。と、先ほどから言い聞かせている。

だが、やはり一刻を争うなら流石に現段階で入院しているだろう。
兎にも角にも、もう一度学会の時に会うことは出来るはずだ。
私は、「学会でお会いしましょう」とメールの最後にタイピングし送信した。

文章を書きながら冷静さを取り戻しつつも、これが限界な気がする。
乱調乱文誤字脱字失敬。各自校正はお任せする。
posted by Mastervie at 02:07| Comment(4) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月13日

夢の前の夢

どこかの山奥(たぶん高知)の村で川に向かって滑り台のように岩(滝のような)を滑り、滝壺のような所に降りる村起こしのような祭りを見に行った。行ったと言っても夢なので、突然そこに立っていたのだが、どうやら私は前からこの祭りを知っているようだった。
そこでは男達が様々な方法で次々に滝壺に滑り降りてくる。
みな頭を打ったりしていて痛そうだ。
観客達は皆その男達が滑るのを観て歓声を挙げていた。
何十人もの男達が滑り終え、最後に若者が四人が一斉に滑り降りるようだった。
どこの祭にもいるような懐古的な中年の男が文句を言っている。
「あ、皆頭を打つな」と、私は思った。
予想した通り皆次々に頭を岩の角にぶつけていた。

祭が終わり、母親が弟と従兄弟が帰ってきたから家に帰ってこいと言いに来たので実家に帰ることにした。



とりあえず実家に戻る祖父の葬式みたいなことが行われていた。
実家に帰ったつもりだがそこは実家にはない会議室のような部屋だった。
「あれ?また葬式やるのか?」とかなり楽天的に眺めていた。
その部屋には椅子が等間隔で並べられており、その前方に台が置かれ白装束を着た祖父が寝かせられていた。祖父はさっき死んでしまったかのようでまるで生きているかの様だ。ただ、圧倒的に死んでいるということだけは認識していた。
すると突然、祖父は瞼を動かし目を開いた。ムクムクっと上体を起こしこちらを見つめる祖父。私は何故か『よく生き返るじいちゃんだな』と訳の解らぬことを思った。と同時にまた別れが来ることも悟った。
祖父の弟である叔父が祖父にに歩みより『兄さん、わかってるかい?』と訊くと、祖父は一言『わかってる』答えた。
祖父はそのまま私の方を向き『しっかりやってるか?』と聞いてきた。その顔は生前祖父が私にそう訊いてくる時と同じで、怒っているような心配しているような愛に満ちた表情であった。
私は『まぁ、大丈夫、ちゃんとやってるよ』と答えた。
ここで私は私が泣いていることに気付いた。悲しい様な寂しい様な嬉しい様な訳の解らぬ感情であった。どちらかというと目から大量の水が流れて出ていると言った方が良いかもしれない。
大粒の涙が私の視界を妨げた。
私は息が出来ないくらい泣いていた。

目覚め

そして、あまりの苦しさにうわっと目をあけ夢から覚めた。

携帯電話を見ると母からメールが着ておりそこには祖父の一周忌の知らせが書いてあった。


posted by Mastervie at 23:20| Comment(5) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月04日

生活

生活が始まったかもしれない。もしかして完全なる自立は初めてかもしれない。よくよく考えると今まで一人で自分の金で生活したこと無かったかも。いや、無いと断言出来る。
大学を出て仕送りが終わっても、誰かしらと住んでいたし、二ート生活も三ヶ月ほどあったから、やっぱり初めての独身自活生活が始まった。

インターネットも今日から繋がり、この部屋での初めての調理も洗濯もした。
あとは仕事の選択くらいなもんだ。しかし、これがやっかい。バイトに落ちてしまった。
思ったよりパンチがキツいね。バイトごときに落ちたと思っている。ごときに受からなかったのだよ。何故落ちたのかわからない。面接のときガンダムの話と音楽について話したのが多分ダメだったんだと思う。理由は無い。しかしそれ以外は完璧な模範解答をしていたはずだ。カッコも別に問題なかったし。それと、圧倒的にメイド好きじゃないってのが気に食わなかったのかも。

まぁ、しょうがない、何故って俺はメイドより、女中派だ。

そんな事はさておき、何個かバイトの面接や電話をしているうちにだいたいの、募集要項は信じない方が良いということがわかった。
世の中うまい話は無い。
しかし、それはわかってるが、如何せんそこはうまい話にしなくて良いと思う。これから一緒に働くものを欺いておいてどうする。信用と信頼はファーストコンタクトからだ。しかも、わざわざ面接の時間を作ってる双方においてあまりにも合理的でない。無利益である。いや、騙されてるやつがいる時点で有益かもしれんがね。
ここでこんな事言っても意味があまり無い事に気付いたのでやめます。

明日あたりハローワークに行くかな。
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2007年08月22日

Lovers Internet

俺の人生は終わっているに等しいと大学から帰ってきて思った。ミスりまくりだ。

監獄のような部屋に住んで、職もなく、働く場所を探しても固まった腰は持ち上げることすら出来ず、ただただ消費を繰り返す。
目標も無く夢見がちで、現実を忘れることに粘着的に没頭し、気付いたら脱いでほったらかしの服が抜け殻のように散乱している。
自分の殻は抜け殻何て立派なものじゃなくて、抜け空だな。だから、頭の中空っぽで許容だけはある。余裕は有り余っている。でも、それが可能なのはカラ元気だからであろう。

みんないつから大人になったんだ。


っと、ここまでは前に書いた、糞鬱日記です。到底これ単体ではアップする事は出来ませんな。
でも、気分はいつでもこんな感じです。これはまずいと思い、今日もせっせとマクドナルドでインターネットで閲覧求人情報。便利な世の中になりました。
しかしながら、なかなか高給を得るという事は難しく、やってみたいと思うものは、何故か低賃金(楽な仕事とかじゃなくて)。とりあえず金だからね、世の中は。ってことで、一応やれそうな、PCサポートの高時給バイトに応募してみました。
これがダメだったら、コスプレ写真家になろうと思います。
これがダメだったら、リアルにまたアパレルかキッチンです。それかゲーム屋です。

そんなことより、最近思ったんですが男を補えるのは女で、女を補えるのは男だという事です。世の中うまく出来ていて感心します。世界は男と女で回ってるみたいですね。
そう言えば、昨晩天王寺周辺を散歩していると2組のカップルとすれ違いまして、そのどちらの女性も泣いていました。理由はわかりませんが、とりあえず悲惨でした。
でも、こんなに高確率で泣いている人がいたとしたら、涙が蒸発して出来た雨雲もあるかもしれません。夕立時は涙であふれています。

っと、こんな似非ロマンチックに浸れるほどの環境でない事に今気付きました。
とりあえず、隣の帰郷中の女子大生4人組を黙らせたいと思います。その前に、話の内容を盗み聞きすると、まぁ、予想通りドストエフスキーにおける神の存在理由について議論されていませんが、なかなか興味深い話をしています。たぶん彼女たちはそれに匹敵するくらい彼女たちにとって重要な事を議論しています。それは、大学で出来た彼氏の話です。死活問題ですからね、これは。
おっと、いきなり一人に猫耳が生えてきました。もう一人からはウサギの耳が生えてきました。撮影会が始まりました。写真を撮る瞬間は結構人は黙っているので、その瞬間マクドナルドには静寂が一瞬生まれます。すぐに、元の騒音になりますが。

あ、帰って行きました。よくわからない生き物です。でも、また別のグループが騒ぎ出しました。結局連鎖し続けるんですね。

まぁ、実況はこれくらいにしましょう。

しかし、あれですね。これだけ普通にネットが出来るってことはやはり、並のネットカフェよりかは、マックシェイク100円で済んでいるので経済的ですな。うるさささえカヴァー出来たら問題は無いですね。これは重宝しないと。なんせ、家のネットが開通するのに3週間くらいかかってしまうという事実がここにありますから。

あ、私の部屋は監獄みたいですがよろしければぜひ遊びにきてください。あ、でも働き出すから、家にいなかったらごめんなさい。

それと、今年厄年だったって事を昨日思い出しました。だからって何も変わりませんが。

近い将来に希望的観測を抱きつつ、助けはいらない、誰か救ってくれ を合い言葉に
、それではまた、お会いしましょう。


more funky!
peace...
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2007年07月08日

四十九日間冥土一周の旅

別に悲しい事じゃないんだ。


昨日、祖父の49日が行われた。

前記の通り、もちろん49日も初体験。
葬式のようにイベントが目白押しってわけでもなく、親族が集まり、坊さんにお経を挙げてもらい、お墓に納骨をして、飯を食うだけである。身内だけでやるから、そんなに気を使う必要も無いし、昨今の私の精神状態でも耐えられる環境であった。うちの親戚は、深い部分ではどうだか知らないが、表面的には仲が良い。表面的にはって表現はいささか語弊がありそうだが、言葉通りに素直に受け取って欲しい。別段仲が悪いわけではないのだ。

話が逸れてしまった。話を本筋へと戻そう。

昼過ぎにぞろぞろと親戚が我が家に集結。私はまだパジャマのままで弟とパラッパラッパ−2を爆音でやっていた。そうこうしてるうちに坊さんが来る時間になり、急いで喪服に着替える。
久しぶりの晴れの天気が、喪服を身にまとった私に襲いかかってきた。暑い。もちろん、クーラーも扇風機もないから喪服の下は汗だく。しかも、先日の農作業で私の膝はスパーク寸前で正座がかなり苦痛。なんだか葬式の時の緊張感が無い。
お経を読み終え、一同お墓へ移動。

納骨。何ともいえない雰囲気。納骨スペースにはまだまだ空きがあった。僕らの分まで余裕だ。

寿司屋へ。食った。飲んだ。途中かなり落ち出した。親族の前で恥をさらすのはどうかと思い弟と会話する事で調子を戻す。みんな、結構な年なのに元気でビールをガバガバと飲んでた。若者たちは、と言っても私と弟とはとこは完全に叔父叔母の勢いに押されて隅っこで喫煙。そして、帰宅。

座敷に遺骨や遺影が置いてあったのだが、それを仏壇へ移動させて、旅は終わった。

坊さん曰く、祖父はご先祖様の仲間入りをしたらしい。
そこらへんの宗教精神はいまいち理解しがたいが、そんな事はどうでも良く、今は素直に冥福を祈るのみ。

合掌。
posted by Mastervie at 13:41| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月28日

最初に謝っておきます。
以前よりブログなどに暗い事書くなとdisったのですが、今日は書いてしまうかもしれません。ごめんちゃい。

では本題。


マジで無理です。結構限界。入社二日目でバイトやめるかも。別に仕事内容は楽しいし、人も悪くはない。問題は私のテンション。完全にキテマス。久しぶりに。二年ぶりくらいに。

もう、何がなんだかわかりません。3日前まで大阪にいました。帰ってくる高速バスに乗ったくらいからおかしいです。実家に帰って来る道中が地獄でした。今も変わらず地獄度は増すばかり。考え出したらまずいです。もう、全部投げ捨てたいです。もう無理。

完全に田舎の恐怖です。実家の魔力。自然は脅威。
もう嫌だ、大阪に帰りたい。それが駄目なら東京に逃げ込みたい。それも駄目なら、もうわからん。

実家方面にはほとんど友達いません。同じ市内に一人います。仕事で忙しいので遊べません。これじゃ、寂しすぎますよ、郷土愛さん。
大阪や東京には実家よりも明らかにいます。友達も愛する人もいます。

郷土愛とかもうどうでもいいや。そんな事よりも、もっと大切なものがあるはずうううう。それは多分上↑の事だと思います。

お前や貴様や彼らがいる東京が好きです。
君やあなたやあの娘がいる大阪が好きです。
家族や友人がいるここも好き。
いなかったらどうでもいいです。
お前や貴様や彼ら君やあなたやあの娘がいる地球が好きです。
お前や貴様や彼ら君やあなたやあの娘が生きている場所が良い。
だから生きろ。生きれ。

ピース

あぁ、バイトとか金とかもうどうでも良いや。
人と人のつながりの方が大切だ。
ワールドワイド、グローバル。世界は繋がってる。


愛してるぜ
ピース
posted by Mastervie at 02:04| Comment(5) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月06日

Everyone you have lived?

先月末に祖父が死んだ。私は祖父が死ぬ一ヶ月前から毎日病院に朝から夕方までいた。その一ヶ月を振り返り忘れないよう記そうと思う。

四月末に母親から、「じいちゃんが入院した」と知らされ、その時大阪にいた私は、当初軽い気持ちで、「まぁ、暇だし来週にでも帰るかなぁ」と考えていた。数日が経ち再度連絡が来た。今回は結構危険だという内容のメールだったと記憶している。その後弟にそのことを話すと「俺はすぐに帰る」と返事が来た。「そんなにまずいのか?」と改めて考え、もう一度母親に連絡すると数時間前とは違って意外に緊迫感のある返事が返ってきた。久しぶりに頭がパンクしそうになった。身内の死と言うものをこの年になるまで経験したことがなく、どういった対処を採って良いものか解らなかった。近しい人間の意見もあって、早目に帰った方が良いと判断した私は、今度は一転変わって今すぐにでも帰らないと間に合わないような気がして、即断即決即行動に移った。これは悪い癖だ。ある一定以上の思いがある場合の私の行動は冷静を欠く。今回のケースは決して悪い判断ではなかったが好判断とは言えないものだった気がする。そういう理由で、その日の晩に荷造りを開始、そして、寝ずに帰郷した。
病院に着くと顔色は悪く、痩せてはいるものの意識は明朗とした祖父がいた。「なんだ、元気じゃないか」と内心思った。焦っていた自分が一瞬にして安心しきっていた。だが、今回の入院は奇跡的な超回復を見せない限り退院することの出来ない入院であることを知った。そして、この日から私の通院が始まる。
病院に毎日いたものの、私の仕事と言ったら、食事を食べさせることと、医者の話を聞くこと、お見舞いの人が来たときに挨拶するくらいで基本的には暇だった。手の懸からない病人と言うやつだ。初日から一週間毎日いろいろな人がお見舞いにきた。ほとんど知らない人ばかり。祖父は無駄に顔が広く、そして田舎が故、多くの人がお見舞いにきた。その度にやることがない私はただ座っていることも出来ず無駄にうろうろしていた。それ以外の時は本を読むか、英語の勉強をしていた。意外なほど読書も学習もはかどった。
あとは昼寝をしていた。温度が一定に保たれ、ひたすらに時が経つのを待つことは眠くなる。看護士が部屋に入って来ても気づかずに寝続けることもしばしば。

二週間ほど経ち、私はある種の疑いを持つようになった。「じいちゃん意外に元気じゃないか?」「長生きするんじゃないか?」といったうれしい内容だ。食事もよく食べるし、顔色も良い。主治医曰く、血圧も自力で上げて来ているとのこと。毎日合っていたのでその変化は明確に解った。家族や親戚もそう感じていた。

そして一週間くらいが経ち、今度は逆にだんだんと弱ってきた。目の輝きも肌のつやも意識も衰えてきた。リアルタイムでその変化が診られた。明らかに何かが違うことを感じざるを得なかった。

病院にはボケ老人が多かった。毎日数回祖父の病室をトイレだと思って入ってくるじいさん。徘徊するばあさん。私を呼び止め、カテーテルを指差し何かをぼやくじいさん。ある一定のリズムで、あーあーと唸る隣の病室の婆さん。そのばあさんがある日いなくなった。今日はあのリズムが聞こえないなぁと思ったら、ばあさんのリズムは止まってた。人間はリズムを失うときに死んでしまうんだなぁ、と、かなり他人事ながら実感した。その時は他人事だった。

ある日祖父がいつものように苦しそうに咳をしたあと、こう言った。「もう嫌だ、死にたいよ。」と、だだをこねる子供のように、尚かつそれは圧倒的な懇願であった。
「何言ってんだ、バカ野郎。」と笑ってごまかすことしか出来なかった。
次の日も同じようなことを聞いた。「何でこんなに苦しいんだ。家に帰りたい。」と。祖父は肺ガンのことを知らなかった。それは、祖母や両親の判断によるものだった。私は、「病気治して帰ろうぜ。」としか言えなかった。
祖父はまた次の日も「死にたい」と言った。
一瞬の殺意
「あぁ、この感情がテレビなどで報道される、看病人が病人を楽にさせたくなる動機か。」もっともな動機で、完全に殺人衝動だ。しかし、あいにく私にはその勇気がなかった。

一週間後次第に意識がおかしくなる祖父。その後、壮絶極まり、気が狂い出し、意味の分からぬことを怒鳴り始めた。私は以前より両親と話し合っていたので主治医に投薬を頼んだ。そして、祖父は薬によって眠らされた。寝ているだけなので、呼べば起きる。しかし、一瞬起きたのち、すぐにまた眠る。
この瞬間が祖父の死だったかもしれない。

数日後祖父は、父と叔母(祖父の子供)が病院にいるときに大量の吐血のためにこの世を去った。
死亡診断書の死因には肺ガンと記されていた。

亡くなる2時間前に祖母と病院に行ったのだがその時は私の呼び掛けや祖母の呼び掛けにも答え、目を開けて相槌を数秒だが打っていた。その時は、まさか数時間後には、当たり前だが死んでしまうなんて思わなかった。その後、自宅にいると、母親から電話がかかってき、祖母を焦らさないように病院に連れいていったのだが、時既に遅しであった。

その時は5月26日午後4時20分だった。

一ヶ月が一瞬の出来事だった。



死んでからは無駄に忙しかった。葬式に通夜と祖父のためのイベントが目白押しだった。家族はその手伝いをするために居るんだと思った。
通夜の入棺の後で祖母の言った「おい、目ぇ開けろ!」で、弟と共にノックアウト。情けない兄弟になってしまった。通夜のあとはなんだか吹っ切れた。むしろ、良かったと思った。苦しまなくても良くなったんだから。それと犯罪者になり損ねた安堵もあった。それに、通夜の後から私は非常に酔っぱらっていた。祖父は酒が好きだったから飲まなきゃならない気がしたから飲みまくった。

生きたら死ぬ。
ただそれだけの事なのだが、如何に悔おうとも過去というものは戻りはせず、現実という日々が続いている。

今、祖父は49日間の修行中。このあと「酒」という字が入っている修行をしなければならない。そこに停滞し続け無きゃ良いが。
祖父は天国へと旅立った。

そして、私も旅に出る。

そのための資金を作るために今から豆腐工場の夜勤へ出かける。
押し寄せる大豆製品。
ベルトコンベアーのお出ましだ。

ピース
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2007年02月21日

米リカ

アメリカが気になる。
ヨーロッパも良い、アジアも良い。
しかしながら、アメリカの文化の無さ、歴史の無さが魅力的だ。

少なからず言える事は、「グランドセフト」「24」漬けでそういう思考になっている。

つまりは、無駄に影響されやすい性質なだけだと思われ。
posted by Mastervie at 07:31| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月10日

愛に国境は無い

海を越えた愛。
はたまた、隣近所で愛。
そして、結婚へと進んだ愛。

色々な形がある訳で、それぞれがスパークしてる。
やっぱラブ&ピースだな。

スパークエクスプロージョンラブ&ピース。


まぁ、ようは色々周りで嬉しいことが起きたわけで、テンションが無駄に上がっているのだ。
だから叫びたいんだな。

愛してるぜベイビー!
イェー、ピース!って。
posted by Mastervie at 02:23| Comment(1) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月13日

Re;set

I avoid waste and must be good for a beloved person for the world.
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2006年07月22日

混沌は無秩序であり、故に自然である

cast one

エウレカセブン全50話を3日で制覇。
愛が世界を救うらしい。




cast two

新宿にて初対面の人と2人会う。
1人目の女性は僅か30秒間であったものの異常なテンパリをみせてしまった。
2人目の男性も30秒間のコンタクトであったが、意外にも饒舌であった。
これは異性間対人下手を証明するものではない。
そんなモノは証明するものまでもなく事実である。




cast three

新宿で弟と遭遇。
1000万人中の1人の確率。
必然を強く感じる。
引かれるモノがあるような気がしてならない。




cast four

満員電車、疲労、食べ過ぎが手伝って、ある事を境に家に帰り厭な気分になる。
そんな時、隣の部屋からBGM。
映画の曲が流れ出す。
まるで、安いドラマのワンシーンのようなタイミング。
楽しい事を思い出す。
悲しい時に楽しい思い出を思い出すと、とても哀しくなるものだ。
否、悲しい時に思い出に触れるとどんな時でも哀しくなるものだ。
しかし、自分にとって哀愁は活力の源ととなる。
いや、そうする事を余儀なくされている。
体質に近い。




cast five

DSC00181.JPG

未来の事は、推測するより他ならないのだ。推測はあくまで予想であり、雨しか当たらないものである。
常にここからは未知であり、常にここまでは実体験である。
posted by Mastervie at 23:07| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

太陽と月と

太陽と月。
どちらが好きなんだろう。

太陽はいつも姿を変えず、その普遍性を保ち続けている。
安堵の気持ちに酔いしれる事が出来る。その反面、圧倒的であり絶対的であるが故、ある種恐怖を感じてしまう。強烈なキャラクター。
変わらない姿。

月は毎日変化している。変化し続ける事で
全く見えなくなってしまう時、煌煌と輝く時。
状態の変化が日々進化しているようで退化しているようで。
どちら解らないが、それでも月は変化し続ける。
月の光は太陽の光よりも暖かい。闇を照らすサーチライトのように導いてくれるようだ。

自分はどうやら月の方が好きなようだ。

moon.jpg

月。

太陽は男性的だ。強引で、ただ照らす事しか出来ない単細胞。

月はとても女性的だ。
会うたびに姿を変え、自分を美しく見せる術を知っている。
妖艶で、惑わせる月の光。
月は恋人の様に、優しい光で包む。

あいにくの曇り空で今日も月は見えない。
梅雨空を恨むよ。

だけど、すぐに見えるはずだ。
いつも僕は月を見ていたい。
posted by Mastervie at 23:34| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月25日

軍律違反

劣等感が強くて、負けず嫌いなのだが、いかんせん、怒られたり、叱られたり、罵倒されると、持ち前の気の弱さで激落ちしてしまう。何も言えなくなる。
悲劇のヒロイン的(男だが)に落ち込むのではなく、ただただ、どん底。(卑屈でもあるが)もろいのだ。

逆に言ってしまえば、様は褒められたい人なのだ、俺は。

しかしながら、最近ほとんど褒められていない。じぶんでも、ふざけんなと、ツッコミを入れたくなってしまう発言だが。

まぁ、それもそのはず。たぶん、褒められるような事はしていない。

気遣いをしても、余計なお世話なのかもしれない、気の効いたことを言ってみても、言葉に説得力が無いらしく、戯言になってしまうんだな。今に始まった事じゃないけど。きっと、何かを期待して、何か見返りを求めているのではなかろうか。そんな部分が見え隠れしているんじゃないのか。っと、最近は思ってしまう。
実際、そんな部分は無いとは言えないが、そこまで求めていない。

っと、無駄な(自己構築の)プレッシャーの中で勝手にもがいているわけだが、まぁ、自意識過剰なだけかもしれない。

無駄な気遣いがお節介ならもうしたくないと思うが、いかんせん、そうは言ってもやってしまうのが自分である。しかも、そこらへんの力の入れ具合がわからない。
っと、ここまでは解っている。

話がだいぶずれたが、言ってしまえば褒められたいだけなのだ。全ては。
褒められると伸びるタイプでもあるんだけどな。叩かれて伸びるタイプではないのは明らかだ。甘ったれるなって話だが、甘いんだもの、しょうがない。
開き直りに近い回答だ。その時点で、俺は自分に甘いような気がする。

何故褒められたいのだ?たぶん、傷付くのが極端に嫌なんだろう。
また、甘い事を言っているが、傷付きたい奴なんて居ないだろう。相当のMじゃなきゃ。甘いが。
あとは、褒めるってすごくハッピーなわけで、楽しいじゃないか。
気持ちが落ちることを嫌うわけだ。
ずっと前も、そんな事を言っていたが、今はどうしようとか、あまり思わないことにしよう。

俺は苦悩なんかしたくない。平和が一番。正直に。
posted by Mastervie at 03:37| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月22日

決して誰かに寄せたものではない

ロボトミー手術を受けた方がよっぽどいいのかもしれない。
っと、思ってしまうこともある。

しかしながら、それは無理だ。

俺は人間だ。
機械仕掛けはゴメンだ。

しかしながらたまに、機械になった気分に成る。

でも、結局は俺は人間だ。
飯食ってクソして寝る。

何も生んでないから、ロボットの方が生産性があっていいかもしれないけど、やはり無理なものは無理だな。

だって、面白くなさそうだから。
人間の方が楽しいはず。たぶん。
posted by Mastervie at 00:18| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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