2006年06月18日

Do you know something to do?

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思い出という補完は、哀しみを帯びるものだ。
いや、楽しい事や嬉しい事や幸せな事もあるだろうけど、過ぎ去りし日々の事物であるそれらを再体験出来ないと言う点で悔しさに似た悲しさを感じざるを得ないという事だ。
そして、それは、悲しみから哀しみに変わるのではないだろうか。
その瞬間、記憶は懐古的になり、思い出になる。

哀愁と言うのはとても魅力的で、物事を美化する力が備わっている。
そして、時にそれは誇大になりすぎるあまり、現代の自分とを比較し、明らかな衰えを感じてしまったりする。
あの頃はよかった、古き良き〜ってやつだ。

そんな哀しい思い出ではあるものの、いつまでそれに浸っているわけにはいかない。過去はいつまで経っても過去である。拭い去れない事実としてでしか存在しない。そんな過去にいつまでも捕らわれていてはいけない。美しいもの、醜いもの問わず。

過去よりも今というものは素晴らしい。過去には勢力を注ぐ事ができない。
今よりも未来というものは素晴らしい。未知の領域未体験があり、今を反映する場所である。
過去があるから今があり、今があるから未来がある。
過去の経験を生かし、今を生き、輝かしい未来へ突入していく。
過去の過ちを繰り返し、立ち止まって入られない。
美化された過去にすがり、後ろを向いているわけにはいかない。

日々、前進していかねばならない。
posted by Mastervie at 06:44| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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